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news · 26日 1月 2026
老人と海
日経新聞の土曜日の紙面に「リーダーの本棚」という連載がある。先週は電通の社長佐野傑氏のインタビューが載っていて「ビジネス書に「人間」を学ぶ」と見出しにある。自分は仕事のためにビジネス書を読むことが多い。しかし自分のビジネス書の選択のせいかビジネス書を読んで「人間」を学んだと思ったことはない。反対にビジネス書ばかり読んでいると何やら精神がやせ細るような気さえしてくる。そこでバランスを取るために小説などを読むことになる。ヘミングウエイ『老人と海』。ずっと昔読んだおぼえがあるが内容は忘れてしまっていたので新鮮だった。昨年小笠原へ行くとき長時間海の上にいる経験をしたからか、老人と海がよりリアリティを持って感じられ、自分がカジキマグロと格闘している気さえしたのだった。
news · 05日 6月 2025
亀島貞夫
「私が卒業した群馬県立前橋高校の国語教師に亀島貞夫(1921-2007)という人がいた。」という書き出しから始まる高草木光一著『書かれざる戦後思想 元学徒兵・亀島貞夫の躓きと希望』が4月に出版された。一気に読んだ。「亀島天皇」という別格の存在である意味をこめた呼称は私の高校時代にもささやかれていた。「職員会議で校長の言葉など差し置いて亀島の一言で結論が決まってしまうらしいぞ」あるいは「亀島は太宰の弟子だったらしいぜ」というように。多分に漏れず私も亀島先生の存在に圧倒された一人であった。他の教師の授業にはほとんど身が入らずとも亀島先生の授業だけは一言も聞き漏らすまいとノートをとっていた同級生もいた。亀島先生の現国の授業はこんなふうだった。まず一人づつ当てて教科書を生徒に読ませる。その後「何か質問のある者はおるか」と聞きながら、教科書に載った作品について解説する。解説というより関連した作家、夏目漱石などの文人や野間宏、中野重治、大江健三郎たち現代作家に触れながら滔々と自説を弁じて行く。
news · 14日 11月 2024
江口きちと井上日召
自川場村歴史民俗資料館には江口きちと井上日召の2つ資料室が隣合っている。といっても井上日召の部屋は小さい。以前に来たときは江口きちが目当てだったので井上日召の部屋は素通りしたので今回は日召の資料を見る。しかし書の掛け軸と写真しかない。がっかり。 井上日召は戦前の血盟団事件の首謀者である。なぜ彼に興味をもったかというと、高校の先輩だからだ。川場村に生まれた日召は前橋中学に進学、同学年には萩原朔太郎がいた。しかし二人ともほとんど目立たない生徒だったという。華々しく活躍していたのは、1学年うえで愛国心とキリスト教にもとづく論考などを校友会誌に発表していた高畠素之だ。のちに朔太郎は近代詩を代表する詩人に、素之は日本ではじめて『資本論』を翻訳し、大正‐昭和初期を代表する国家主義者になった。一方日召は政治家や資本家などが日本国家を腐敗させているとして、国家改造を目指す狂信的な天皇崇拝者となった。日召をリーダーとするグループは昭和7年、一人一殺のテロ行動を起こす。前蔵相の井上準之助、三井財閥総師団琢磨を殺害した。「血盟団事件」と呼ばれる。
news · 29日 4月 2024
古利根川
自宅から歩いて30分ほどのところにこんもりした塚がある。今は散ってしまったが桜の樹が一本植わっている。周囲は麦畑でどこを見渡しても塚に行く道は見当たらない。農家の人に申し訳ないと思いつつ、麦を踏み分けて行ってみると、市の案内板があり、経塚古墳、径30m、高さ3mの円墳とある。ほんとうにちっちゃな古墳だ。 「前橋台地は利根川が赤城山と榛名山の山麓の間から、関東平野に流れ出した所に広がる緩傾斜の台地である。」(『前橋風・創刊号』)利根川は前橋台地を突き抜けて南北に流れているが、以前は台地のへりに沿って、赤城山の南山裾を流れていたという。現在の広瀬川である。昔はダムや堤防など治水などなかったので、大雨のたびに広い川幅になって関東平野を流れ下った。 現総社から東善町にかけての台地の北東側にはかつて数多くの古墳があった。台地のヘリにあたる朝倉広瀬地区に限っても150基はあったという。前橋台地の古墳群の脇をとうとうと流れる古代の利根川の風景を思い浮かべると何かロマンを感じる。
news · 17日 3月 2023
敬愛する人事コンサルタント太田隆次氏の著書『万葉時代のサラリーマン』に触発されて「平安時代のキャリアウーマン」という古典エッセイを書いている。いまは『枕草子』である。清少納言は和歌を詠むスキル、中国の古典など漢籍の知識、当為即妙なレスポンス力などその才気煥発ぶりは、平安時代のキャリアウーマンのなかでその有能さにおいて随一である。紫式部は『紫式部日記』のなかで、そんな清少納言を「得意顔で利口ぶって書いているけれども、漢字も漢文もわかっていない。あんな人の行く末なんかたいしたことないわ」(田辺聖子訳)とけなしている。清少納言と紫式部は宮仕えの時期が数年ずれていて、二人が実際に顔を合わせたことはなかったと言われる。他のキャリアウーマンに対するその辛辣な批判ぶりから、紫式部は底意地の悪い性格だったのではないかと、好みが清少納言派と紫式部派に分かれるようだ。来年のNHK大河ドラマは紫式部が主人公のようだ。二人がどんな風に描かれるか、いまから楽しみだ。
news · 10日 9月 2022
夜と霧
8月27日(土)の日本経済新聞の「文化」欄のそれは、俳人黛まどか氏の「態度価値」と題された文章であった。八十八歳になったご母堂が度重なる病や骨折で要介護状態になっても、金毘羅参りの夢を持ち続け、苦しいリハビリの後、ついに785段の石段を自らの足で登り、金毘羅参りを実現した話である。そこで引用されているのが、フランクルの『夜と霧』だ。「きわめてきびしい状況でも、また人生最期の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている」。これまで何度となく読んだ『夜と霧』を書棚から取り出して、改めて読んでみよう。
news · 22日 10月 2021
ベオグラード日誌を読む
「朝5時、群青の空に満月が光っていた。こどもの光の鞠を天使がうけとめて…」 「ふと顔をあげると、あわいばら色の空気が白い壁を染めていた」 『ベオグラード日誌』は、ベオグラード在住の詩人山崎佳代子氏が綴った2001年から2012年までの日誌だ。私がブルターニュに赴任していたのが2006年から2011年までなので、日誌の後半分が重なる。同じころヨーロッパの西と南に住んでいたとわかると親近感がわくが、自分のブルターニュ日記とは人生に向き合う姿勢、ひとに注ぐ眼差し、綴る言葉の凝集度など、月とスッポンほども違う。もっとも比べること自体おこがましいのだが。 山崎さんは40年以上旧ユーゴスラビア(現スラビア)に住んでいる。1990年代のユーゴ紛争でも現地にとどまった。NATOのトマホークが飛んできた、などの記述もある。現地の住民との交流、コソボからの難民とのふれあい、友人との別れ…。抑制された文体から生きていることの重み、哀しみ、喜びが伝わってくる。 『ベオグラード日誌』を読んで、ふうっと深い息をする。背筋がぴんとのびる。
news · 18日 9月 2021
「#就職しよう」(株式会社アドバンスフロー)のサイトに、群馬で働きたい、群馬に転職したい方に向けたアドバイス記事を書きました。興味のある方は見てください。 記事のURL:https://find-bestwork.com/agent/22156/ TOPページのURL:https://find-bestwork.com/
news · 07日 2月 2021
ルワンダ中央銀行総裁日記
服部正也著『ルワンダ中央銀行総裁日記』を再読する。この名著を最初に読んだのはいつの頃だったろう。私がこれまで読んだ本のうちで最も感銘を受けた本のひとつだ。再読してみて、その感想は変わらない。ルワンダのために真摯に取り組む誠実さと、困難にも粘り強くかつ柔軟に立ち向かう行動力、現地人や外国人に対する偏見や蔑視を持たない人間性にすがすがしさを感じる。通貨改革や経済再建計画の策定をめぐる国際通貨基金やベルギーの銀行などとのやりとりは、なまじの経済小説よりはるかに面白い。旧植民地宗主国の外国人やインド系商人とのやりとりは手に汗握る。ページを繰るのがもどかしいほどだ。1960年代に、日本から遠く離れた外国で、たった独りでその国の発展につくす困難さは、並大抵ではなかっただろう。海外駐在員として、著者と同様6年間仕事をしたが、我が実績を振り返ると穴があったら入りたいほどである。
news · 15日 7月 2020
私が民生委員として見守り対象としている一人暮らし高齢者の中で、古いラジオ、タイプライター、オルガン、ミシン、扇風機など何でも再生してしまう達人がいます。

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